2012127(金) 吹雪のち雪 -20.8

20120127

暖かい日だった。いつもワンコたちの話題ばかりなので、たまには感じてることも書いてみよう。

今はカナダ北極圏で活動をしているが、僕のホームグラウンドであるグリーンランド・アバンナッソア地域の中心、カナックの町には、エスキモーの爺さん婆さんのための老人ホームがある。恐らく世界最北の老人ホームだと思うけど、立派な施設だ。カナックの町の中では僕が一番好きな場所。これはデンマークの福祉国家という要素か取り入れられてるのだろうな(グリーンランドはデンマークの自治国)。必ずしもエスキモー民族と、民族を取り巻く国との関係の全てが気まずいわけではないと思う。

グリーンランドにエスキモー文化が根強く残っているのは、デンマークが過度な異文化の押し付けや保護をしなかったからだと思う。意識してそうしたのか、たまたまそうだったのかは分からないけど、急激な文化の衰退にはならなかった。それがカナダ北極(アラスカも?)を見てみると、異文化の強要と過度な保護で、与えるものは無償で与え続けるなど、彼らの文化をぶっ壊してしまったような気がする。領土・資源などなどが絡んだ政治的な意味合いが大きいような気がするけど、住んでいる民族を取り込む必要があった(んだと思う)。デンマークとグリーンランドの関係が全て円満というわけではないけど、グリーンランドは時間の流れが北極の他の地域に比べると緩やかで、彼らの文化が根強く残ってる。専業猟師の人たちも、毛皮などを政府が買い取ってくれたりや、南部では漁業なんかも盛んで現金収入のつてが、かろうじてあるのだけど、カナダ北極辺りは毛皮を市場から締め出してしまったりとか(動物保護という建前か?25年ほど見てきた中では、エスキモー民族がする狩猟に乱獲という言葉は当てはまらない)、エスキモーの人たちが専業猟師で生きていくあてが無くなってしまっている。与えられることに甘んじて何もしなくなってしまうケースもあるようだが、少なからずとも生活に、与えられるもの以外にも現金収入が必要な時代になってしまったから、そりゃ文化も潰れてしまう。みんな給料が貰える仕事に流れてしまうから。北極を取り巻く国が意図的にそうしてるのかなあ?なんて思ってしまう。少しは伝統を継承しながら生きれる道を残してあげるのも、関わっている国の役割のような気がする。

民族は無償で何もかも与えられたら、これまで自分達が営んできた生活の中の、伝統や文化が手から離れ壊れて行くことは、その時は分からない。失って初めて「Native Proud」というような意識や運動が出てきたりと、気付かされるんだ。「エスキモー」という呼称も、彼らと接していて僕が感じるところ、今もほんとは差別語でもなんでもない。彼ら民族に対して、どういう気持ちで接しているかの話だ。彼らがそれを感じ始めた時、気付いた時に生まれた、ある人たちへの反感だったのだと思う。

でも、一度便利な生活を手に入れたら、なかなか元には戻れないよなあ・・。それは北極だけでなく・・。いつかエスキモー民族が、本当の意味で自分達の住んでいる土地を統治できる時代が訪れますように。

写真上:今は亡きウーリ爺さん夫妻。グリーンランド、アバンナッソア地方にて(20年ほど前)。

写真下:冬支度。越冬用に獲られ陸揚げされたセイウチの肉。グリーンランド、シオラパルク村にて(200610月)。

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